「憂世」から「浮世絵」

浮世絵・春画。北斎・歌磨・写楽・広重などの浮世絵・春画・美人画など。

怖い浮世絵!月岡芳年・落合芳幾連作『英名二十八衆句』

英名二十八衆句

英名二十八衆句(えいめいにじゅうはっしゅうく)は月岡芳年と落合芳幾による浮世絵木版画の連作であり、それぞれが14図ずつ描いています。1866〜67年(慶応2〜3年)に刊行されました。

作品の大半は芝居から題材を得ており、いわゆる無惨絵の代表作です。外題は赤地の短冊枠に画題とともに記され、その左の白地の短冊枠に松尾芭蕉、大島蓼太、向井去来らの俳句が記されています。二十八衆句というのは仏教の「二十八宿」。「衆句」=「衆苦」に通じ、地獄絵と捉えることもできます。版元は錦盛堂。

英名二十八衆句

月岡芳年(Tukioka Yositosi)

【勝間源五兵衛・遠城喜八郎・団七九郎兵衛・御所五郎蔵・因果小僧六之助・平井権八・福岡貢・高倉屋助七・姐妃のお百・古手屋八郎兵衛・稲田九蔵新助・直助権兵衛・笠森お仙・由留木素玄】

1839年(天保10年)〜1892年(明治25年)。幕末から明治前期にかけて活動した浮世絵師。多くの浮世絵師や日本画家とその他の画家が、芳年門下もしくは彼の画系に名を連ねています。

歴史絵、美人画、役者絵、風俗画、古典画、合戦絵など多種多様な浮世絵を手がけ、各分野において独特の画風を見せる絵師。衝撃的な無惨絵の描き手としても知られ、「血まみれ芳年」とも呼ばれる。

孫悟空と月の兎を描いた『玉兎』
孫悟空と月の兎を描いた『玉兎』

落合芳幾(Ochiai Yoshiiku)

【十木伝七・遠城喜左衛門・鬼神のお松・芸者美代吉・佐野次郎左衛門・邑井長菴・天日坊法策・国沢周治・西門屋啓十郎・春藤治郎左衛門・鳥居又助・鞠ケ瀬秋夜・仁木直則・浜嶋正兵衛】

1833年(天保4年)から1904年(明治37年)、幕末から明治にかけて活躍した浮世絵師。歌川国芳の門下で、月岡芳年とは兄弟弟子。一時は浮世絵師として芳年と人気を二分する程でありました。

戯画、美人画、武者絵、役者絵、横浜絵など、さまざまなジャンルの浮世絵を手がける。また、明治時代に入ると、東京日日新聞(現在の毎日新聞の前身)という新聞や、歌舞伎の雑誌の創刊に加わるなど、浮世絵師の枠を飛び越えた幅広い活動をおこなっています。

幽霊(亡霊)
落合芳幾作「幽霊(亡霊)」